「自己肯定感は低くないけど、なぜか苦しい」思考派がハマる自罰ループ

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こんにちは。

自分らしい人生を進むために
魅力や価値を伝え続けるカウンセラー
はくじひろです。

思考派で自称器用人の方が陥ってしまうトラップについてお伝えします。
思考派あるあるなお話です。

「自己肯定感、あるのになぜか苦しい

自信がまるでないわけでもないし、
自己肯定感が低いわけでもないのに、
なぜか
「自己肯定感低くない?」と言われてしまい、
「え?そうなの??」って思わず考え込むことありませんか。

「自己肯定感低くない?」と言ってくるのは、身近な人、親友であることが多いのですが、
その言葉に対してどう感じますか?

そこまで低くはないけど、
だからといって自己肯定感がものすごく高いわけではないかな
まあ、そこそこは自分を肯定していると思ってる。

そんな風に思考が右往左往しているのであれば、
自己肯定感は高めで、低くはないかもしれません。

どっちつかずの答えで、低いと言い切れないないなら、
それは自罰的な思考が自己肯定感を上回ってないか疑ってみてください。

自罰的思考が自己肯定感を打ち消す仕組み

自罰とは、
自分に責任があるとして自分を罰しようとする傾向で、自責的ともいえます。

思うようにならなかった時に攻撃を自分に向けてしまいます。

例えば、
上手く行った時、成功した時、何かを達成した時に、
達成感を味わい「自分、よくやった」と自己承認もできるのに、そのすぐ後に

「もっと頑張らなければ」「今回は運かもしれない。まだまだだな」
とその自己承認すらも打ち消してしまう時、
上がったと思った自己肯定感もすぐに下がってしまいます。

周囲には謙遜と思われて賞賛されるかもしれませんが、
身近な人や親友は
「まだ頑張るんかーい」ってツッコミ入れてるはずです。

他人には謙遜してもいいです。
驕らずに謙虚で控え目ってところが魅力になるのでとっても大事なことです。

でも、自分には謙遜しなくていいんです。
思考派は、謙遜そのものが自罰的になってしまうので、
あえて自分の心の中では自画自賛を続けることの方が大切です。

せっかく上がった自己肯定感を自分で下げちゃうんですよ。
自罰的だから。

「このくらいのことでは、まだまだダメだな」
「もっと上手くやれるはず」

なんて、無理に自分を追い込んでしまいながらも、
これまた周囲には「向上心が高い」とか「意識高い」って言われてしまうと
「いえいえ、まだまだです」って言ってしまい、
賞賛と自罰の無限ループにハマってしまいます。

自罰的な思考には、こんな傾向があります。

☑️できたことより「まだ足りない」と考えてしまう
 → 成果が出ても「もっとやれる」「これくらい普通」と自分に満足できない。

☑️他人の期待を自動的に優先してしまう
 →「断れない」「迷惑かけたくない」が先に立ち、自分の希望を後回しにしがち。

☑️感情より“正しさ”で物事を整理しようとする
 →「正しさこそ大事…」と自他の感情を無視し、正しさを基準に納得しようとしている。

無限ループから抜け出すために必要なこと


なので、自罰的な思考をまずはストップします。
「自分は、よくやった」と自画自賛したらそこで終了。

もし、「もっと・・・」という思いが出てきたら
「本当よく頑張った」と労いの言葉をループさせてください。

自動で入ってくる自罰的な思考を、
別な思考で上書きします。
それくらいしないと、上がった自己肯定感を自ら下げてしまうんですから。

自己肯定感を“下げない”という新発想を

多くの人は自己肯定感が上がらなくて困っているのに、
思考派は、自ら下げてしまっていることにお気づきくださいね。

皆んな「自己肯定が上がらない」とか言うものだから、
上げるものだと思っていますが、
思考派で自称器用人さんは自己肯定はそこそこあるので、
下げない努力をしてみてくださいね。

自分って思考派なのかな、だいぶ器用貧乏かもしれないと思ったら
壁打ちセッションを活用してみてくださいね

お読みくださりありがとうございます。

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はくじひろ
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