
こんにちは。
自分らしい人生を進むために
魅力や価値を伝え続けるカウンセラー
はくじひろです。
ココロノマルシェのご相談に回答いたしました。
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ひよこさんからのご相談です。(相談文はこちら)
うまく受け取れない?
いつもありがとうございます。
気になることがあって、なにか私の核となることかもしれないと思い、相談させていただきます。
初対面の人との飲み会(会社の人で、同窓生が集まるもの、中途採用されて半年後に開催)があり、そこの場面でひっかかることがありました。
基本的に、初対面なので、人当たりよく、穏やかに、仲間に入れてもらえるように…と考えて臨みました。そこで、わりと偉い方と、震災の日何してた?帰れた?という話になり、学生だったので新宿にいたこと、バスに乗って自宅に帰ったことを伝えました。そうしたところ、「あの時皆帰れなかったよね?ほんとに帰ったの?」と聞かれ、ほんとに帰ったと伝えました。その後、隣にいた別の偉い方から「家に帰ったら娘が怖いって泣いていたよ。あなたは帰れたんでしょ」と言われました。私は、頭をフル回転させて「娘さん、小さいと怖いですよね」と言いましたが、その方は60代なので、意外と娘さんも私と同い年(30代前半)かもしれません。
私は、武闘派なので、年齢が2桁になってから父親の前では泣かないし(負けるもんか!という感じです)、震災の日も母親といたのですが、父は「お前が〇〇(母親)と一緒なら大丈夫だな」という感じで、特にバスを乗り継いで帰ったこともほめられもせず、自分でもすごいとも思いませんでした。だから、なんでそんな絡まれるのかよく分からなかったですし、、、ただ、なんとなく父親の前で泣ける方が、いい親子関係だろうなと思います。なんだかこの話は、とても自分が頑なになってしまうようで、なにかあるんだろうなと思いつつ、うまく自分では分からないので、客観的に分析していただきたくお願いいたします。
誰かの言葉を、素直に受け取れないことはありませんか。
聞き流せずに心に引っかかってしまうと、もやもやします。
多くの方は、年の離れた方と接すると年代ギャップを感じたり、
どう接していいか分からなくなるものです。
それならばと差別なく接しようとすると、敬意がないと言われたり、子供扱いされている感じを受けてもやもやしてしまうことがあります。
上司と部下、先輩と後輩で日常的に接しているならば
心理学的にも「投影」が働いてる可能性もありますが、
今回は初対面とのことなので「アンコンシャス・バイアス」という無意識の偏見を探ってみても良さそうです。
それから
>なんだかこの話は、とても自分が頑なになってしまうようで、なにかあるんだろうなと思いつつ、うまく自分では分からないので、客観的に分析していただきたくお願いいたします。
この「頑なになってしまっている」ひよこさんの気持ちも少しづつ掘り下げてみますね。
“よそ行きの自分”が受け入れられた違和感
初対面の人と接するとき、
>初対面なので、人当たりよく、穏やかに、仲間に入れてもらえるように…と考えて臨みました。
人当たり良く接することって、
その後の関わり方にも影響がありますし、会社に入って半年であれば慎重になります。
年代もバラバラであれば、緊張もあり、話題にも気を配りながら対処しようとします。
ひよこさんもそのようなことに配慮していたかもしれません。
臨んだということろが、決意や覚悟のほかに緊張する気持ちも感じられます。
普段からこのような配慮をしたり、
空気を乱さないようにと気を遣っているかもしれませんね。
偉い方から踏み込んだ質問もされているので、それが功を奏してか、
割と普通に受け入れらたのでしょう。
受け入れられたのは良いものの、なんだか居心地が悪くなってしまうのは、
気を遣った自分が受け入れられた可能性も高いです。
普段の自分ではない、ちょっと他所行きの自分が受け入れられたので、
「私はそうではないのにな」という違和感が拭えなくなってしまいます。
そして
「私はそうではないのにな」
この気持ちを発動させたのは、偉い方の「アンコンシャス・バイアス」ですね。
無意識の思い込みが生むズレ
「アンコンシャス・バイアス」とは
人は自分の経験を基準に無意識に物事を解釈します。
私たちは、相手を知らないうちに「父」「上司」「権威」と重ねて見てしまうことがあります。
「偉い方=男性」だと思い込んで話を進めたとしたら、
それはワタクシはくじひろの「アンコンシャス・バイアス」なんです。
その後父の話が出てくるので、恐らくは男性の偉い人なんだと仮定して話を進めてみますね。
そうすると、この偉い方の中で
娘=弱いもの
娘=泣き虫
娘=非力
もしくは、娘=父を頼るもの
と思い込んでいる可能性がありそうです。
こんな気持ちがありませんか。
本当は弱くないと思っている
でも「守られる側」として扱われた
そこに父との関係が重なったのでしょう。
ちなみに震災の日、ワタクシも都内で仕事をしてましたが、比較的に自身直後の早い時間であればにバスやタクシーは動いてましたし、帰宅は時間はかかりましたが歩いて帰えることができました。
当時40代の方であれば、混乱した職場で業務の指示などに追われて帰宅はできなかったかもしれません。(人や職種によります)
会社によっては、すぐに帰宅を促したところと、遠方で帰宅できない人のために会社に泊まってもOKにしたところもありました。
もしかするとその偉い方は「帰れない人」であり、周囲にも「帰れない人」が多くいたのかもしれません。
これもアンコンシャス・バイアスですね。
「強い娘」でいることの意味
ここで「父親」のことが思い浮かんだのは、偶然ではないかもしれませんね。
偉い人とひよこさんがお互いに感じたであろう「親子の視点」でそれぞれ相手を見たのではないでしょうか。
偉い人はひよこさんを「娘」のように捉えている
ひよこさんもその言動から「父」と比較している
そこで頑なになってしまったのは
>武闘派なので、年齢が2桁になってから父親の前では泣かないし(負けるもんか!という感じです)
父親の前で泣く娘がいる
ということがわかったことで、その娘さんと自分をも比べてしまいます。
そこで、ひよこさんの思いに向き合ってみると、何を比べたのかが知ることができるでしょう。
例えば
「お前が〇〇(母親)と一緒なら大丈夫だな」と感じた時にどんな気分でしたか?
お母さんの様子はどうでしたか?
お父さんにはどんな対応をしてくれたら良かったと思いますか?
「お前が〇〇(母親)と一緒なら大丈夫だな」
この言葉から、ひよこさんへの信頼感があるのだと感じられるのです。
二人が一緒ならと、安堵しているのかもしれません。
この辺りは詳しく聞いてみないと分からないことですし、何より震災という有事の場合なので
心理状態や言動も普段とは違うでしょう。
もう少し向き合えそうならば
父親の前では泣かないのはどうしてでしょうか。
と、質問をしておきながらなんですが、ワタクシも親の前では泣きませんよ。
(ちなみに人前でも泣かなくなりました)
ただ、父の前で泣かない理由には
悔しさの他に、弱さを見せたくない思いがあるのですが、
そのさらに奥には、心配させたくない気持ちがあるし、ここまで頑張ってきた自分が崩れてしまうのではないかという恐怖もあります。
ひよこさんはどんな思いがあって泣かないのでしょうか。
泣かなくなってしまったきっかけはあったのでしょうか。
何を受け取れなかったのか?
そして「受け取れていない」と感じるのはどんなところでしょうか。
守られる立場を受け取れない
心配される側を受け取れない
娘ポジションを受け取れない
弱さを受け取れない
色々ありそうですが、ひよこさんに取って気持ちがモゾモゾするのはどこかを突き止められると良さそうですね。
父娘の関わりも人それぞれです。
子供は、褒められ慣れていないと、できること全てが当たり前のことになります。
褒めることに慣れていない人は、感謝の真意が相手に伝わらないことがあります。
相手が親だと思うと、その人を正確に見られないことがあります。
それもアンコンシャス・バイアスの一つです。
父親って人間は、外ではどんな人なんでしょうか。
親のことを、(難しいのですが)子の視点を外して客観的に見てみると分かることもありますよ。
最後に
受け取れないものから、
父との関係を見ようとしたのは、大きな気づきかもしれません。
そこには「強くあろう」としてきた過去もあります。
強さの中に、柔らかさを足すことで、
人との関係は少し変わりますよ。
お読みくださりありがとうございます。
ご参考くださったら嬉しいです。
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はくじひろ
HAKUg|sHIRO
Xにて情報発信しています ▶️ @sHIRO_HAKUg
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【経歴】
アパレル勤務
IT関連企業にてWebディレクター・プロデューサー
制作会社にてフォトSTUDIOマネージャー/イベント制作・運営
(就職氷河期世代、転職6回)
【資格】
産業カウンセラー
メンタルトレーナー
マスター・アートワークセラピスト
AAフリーダイビング1st取得フリーダイバー
40代で、やりたいことを追求する人生にシフトチェンジ。
ただ今フリーランスで心理相談師&アートカウンセラー。
「人生をクリエイトする」を体現中。
