<自己紹介>「安心感」がわからなかった私が、自分の中に安全基地を築くまで

こんにちは。

改めまして
自分らしい人生をクリエイトするために
魅力や価値を伝え続けるカウンセラー
はくじひろです。

思考優先で、  
自分の感覚や感情を抑えていつも冷静かつ沈着に周囲に目を配り、
状況を把握してその場で最適な行動を取るヒト

決して自分の意思がないわけでなく、
ただ自分を後回しつつ自分を表現する時を逃しながらも、
それが「自分」と思考で片付ける、

それが私、はくじ ひろです。

安心安全が得られなかった幼少期

今となっては過酷だったと感じる子供時代。
すでに3、4歳の頃には「自分の身は自分で守らなければならない」と感じていました。

鉄棒から転げ落ち頭を強打したり、
鎖が取れてしまった犬に追いかけ回され、
車に惹かれそうになったことも。
家の外に締め出されたり、
ある時は閉じ込められり、
引っ張られ、鉄拳が振り下ろされたりと。

そんな不遜な事態に、誰も助けてくれないのはどうしてだろうと思いながらも「自分が悪い」と納得させながら過ごしてきました。

安心だと思える場所は与えられず子供なので視野は狭く、
本や絵本の世界に逃げ込みました。
本を読んでいると怒られることがなかったから。

いい子でいる術も覚えました。
でもそれは大人しく優等生であるということではなく、
大人の意図していることを汲み取って先回りして対応するという、
まさしく大人が対応する大人なことをして褒められていた子供でした。

でも、親に褒められたことはありません。

緊張と抵抗の日々の中、自分を守るためにも早く大人になりたかったんです。
だから大人の真似をしていました。

中学生になる頃には家を出たいという思いが強まるのですが、
そのために勉強は不可欠だったし、
腐ってはならないとスポーツにも全力投球。

親には大学進学という大義名分があった方が難なく家を出られると考えて、
受験勉強に励みます。
結果、地方の国公立を滑り止めにして都内の短大に進学しました。
(学校にも謎な進路希望を出していました)
とにかく早く就職することだけを目標にしていたんです。

自由を満喫した時代も束の間

晴れて家から解放され、自由を謳歌した20代。
まずは無事に就職して、
4年かけて貯めた500万で憧れていた海外留学を実現させました。

世界が広がり、仲間が増え、
交流が生まれ新しい世界を思う存分に味わった2年間です。

親には海外留学では居場所も大雑把に国名と帰国予定の月を伝えただけ、
不思議と親は干渉もせず、
今までの縛られ具合が嘘のように何も言われません。

それもこれも、自分で決断し自分で稼いだお金だったからだと思っていました。
誰のことを気にする必要もなく、
好きな時に好きなところで暮らす開放感が心地よく感じられたのです。

欧州を中心に色んな国へ行き自由を謳歌したにも関わらず、
新鮮味は感じるもののどこに行っても安全基地は見つけられませんでした。

頭の中の声が肥大する

海外生活を思う存分堪能し、帰国後は就職をします。

そして結婚を意識し始めた20代も終わりの頃、
出会って半年の彼とスピード婚をしました。

新しい人生のステージが始まるはずでしたが、心の中には説明のつかない不安が広がっていきました。

「なぜだか分からないけれど、祝福されていないような気がする」。
そんな感覚とともに浮かんできたのは、母の姿。

そして、反射的に湧き上がる
「怒られるかも」「喜んでくれない」
と強ばる感覚が蘇えってきたのです。

そんなはずはないと打ち消しても、不安やその感覚が拭えません。

結局、彼との関係も上手く行かず、結婚したものの1年半ほどで離婚しました。

彼との結婚生活を続けられなかった罪悪感は
新しい人生に向かうことで軽くはなったのだけど、
頭の中の声は、その後も大きくなりました。

虚像の母なのか、エゴの声・頭の中の声なのか、まるでモンスターが覆い被さるように、

もっとしっかりしなければ、
頑張らないと、
もっといい人間にならなければ、
人に迷惑をかけてはいけない

そんな声を聞きながら、
いつかは自分のためになるかもしれないと、
どこか他人事のように自分を鼓舞して働き、動き回りました。

自立もできて自由なはずなのに、
頭の中の声が私を常に監視し、支配しているようでした。

それは自己憐憫、自己否定と自己嫌悪です。
時に自責の念も投入されます。

誰かと一緒にいても安心感は継続しないし、
一人でいても安心よりも寂しさが上回ることの方が多く、

何をやっても不足感を感じるのは自分の能力不足のせいだと思ったし、
人間的に未熟なんだと感じることが多くなり、
日々を充実させることに邁進します。

10年も武道の稽古に励み、
海に潜って(フリーダイビング)メンタルも鍛えてみました(笑)
時折気分はよくなるけど、やっぱり安心感には繋がらない
安心感がわからないまま時だけが過ぎていく。

変わったのはいつなのか?

知識を増やそうと潜在意識や引き寄せの法則、量子力学や芸術療法など、
自己啓発本や心理学の本も読み漁り、

ようやく辿り着いたのは安全基地を自分の中に築くこと。

でも、頭では理解できているけど、
今までの思考の癖や頭の中の声によってなかなか安全地帯を築けません。
安全基地のつくり方がわからないんです。

自分を労っても、楽しいことをやってみても元通りの自分に戻ってしまうもどかしさ。
やっぱり無理だという諦めも出てきました。

もしかしたら、見つけようとして見過ごしていた可能性もある。
それに、安心とは真逆のところで安心を見つけようとしていたかもしれない。
そんな期待を持ちながら

それでも何とか、

自分軸、自己肯定感、自己受容、自愛を繰り返す中で、
ようやく

「これが安心感か??」

という身体的感覚を得られる出来事に出会いました

▶︎心理カウンセリングは良いと思い直した日

そう、子供の頃から「安心感」を知らずに長らく生きてきているので、
安心感を探そうにもそれはどんな感覚なのかが分からず、
安全地帯を作ろうにも何をどうしたらそれが完成するのか全く分からなかったんです。

安全基地とは、
幼少期の母との情緒的なコミュニケーションによって子供の心の中に築かれます。

「この人は自分を理解してくれる」
「この人がいるなら大丈夫」
という存在がいる安心感が安全基地の土台になります。

私が理解したのは、
「安心感」を得られていないことを母のせいにもできず、
子供が自ら安心感を育てるのも無理なのだから自分のせいでもないこと。

「安心感」は他者との繋がりで生まれるものなのに、
一番大事な時期にそれを築けなかったのはもう誰のせいにもできないこと。

今更、母にそれを求めても、
憎んだとしても、無理なんだということも理解できました。

そこでようやく、それならば大人になった自分が自分に安心感を与え続けることで、
安全基地を築くことが一番の近道だということもようやく腑に落ちました。
外に安全基地を求めるのではないのだと、やっと方向転換できました。

ロジカルとフィジカル「Don’t think, feel!」

ご存知ですか。
「考えるな。感じろ」

実際はこの言葉通りなんです。
頭で考えるよりも、身体に意識を向けて身体から覚えること。
でもこれ、身体的感覚の経験が圧倒的に少ない場合は、全く感じ得ない。
その感覚が分からない。

特に子供の頃に得るはずだった安心感を大人の感覚で感じることは
結構、達人の域なんですよね。

きっとできる人もいるはずだけど、
私にとっては

Do think, Do feel!

こちらのプロセスの方がより自分にあっていたように思います。


実際には
Do think, think,think,think,・・・think,think,・・・feel !?
だったときもあれば、

Do think, Do feel!
を延々と繰り返す時もあったわけですが。

このthinkが行き詰まった時に、ふとfeelがやってきたような感覚でした。

巷に溢れる自分軸の育て方を参考に、自己肯定感を高める方法で自分を肯定し続ける。
自分を受け入れるために自己受容を実践する。

自分軸、自己肯定感、自己受容、自愛を何度も繰り返す中で、
今までの自分の思考の癖、
それは思い込みだったり、観念だったり、べき思考などが外れた瞬間があったんですよね。

外そうとしたんではなくて、
ふと外れた瞬間、
それは同時に頭の声(エゴの声、虚像の声)が鎮まっていた状態でもありました。

安心感を得るヒント

身体や感覚で捉える安心「感」
頭で理解しようとすると遠回りしていると思ってしまうのですが、
まずは、頭の中でまるでBGMのように聞こえるエゴの声(虚像の声)を止めること。

毎分毎秒、一時も休みもせず心の声(エゴの声、虚像の声)でもある自己憐憫、自己否定と自己嫌悪を続けているとその回路を断ち切ることがまず大きな壁になります。


その声を止める、断ち切るには、違う言葉で上書きしていくこと。

その基盤になるのは、自分軸、自己肯定感、自己受容、自愛です。


この繰り返しで自分の中の「安全地帯」がさらに強まったと思います。

そして、実際に身体的な安心感を得る前には
観念や思い込みが外れる瞬間があります。
つまり心の声(エゴの声、虚像の声)が鎮まっている時。

私の場合は、行動する瞬間に躊躇がありませんでした。
聞いてみよう、やってみよう、言ってみよう。
考えよりも言葉や行動が先に出ていました。

最後に

観念や思い込みが外れるために必要なのは

自分軸、自己肯定感、自己受容、自愛が充分に満ちていること。

自分には充分に価値があると信じられている力とも言い換えられます。

人によって「充分」の加減は違うかもしれませんが満ちていくプロセスを信じることも大切です。

だからこそ、私のセッションではカウンセラーである私が
魅力や価値を伝え続ける役割を担います。

上書き効果です。

また、身体的な感覚を得られるように
フィジカルな面をロジカルにアドバイスいたします。

そして何よりも、「安全地帯」を自分の中に築くお手伝いをいたします。

【経歴】
アパレル勤務
IT関連企業にてWebディレクター・プロデューサー
制作会社にてフォトSTUDIOマネージャー/イベント制作・運営
(就職氷河期世代、転職6回)

【資格】
産業カウンセラー
メンタルトレーナー
マスター・アートワークセラピスト
AAフリーダイビング1st取得フリーダイバー

40代で、やりたいことを追求する人生にシフトチェンジ。
ただ今フリーランスで心理相談師&アートカウンセラー。
「人生をクリエイトする」を体現中。

プロフィールに代えて。

自分の中に「安心感」を築く方法は、誰にでも可能です。
心の癖を見つめ直し、自分の軸を取り戻すヒントとして【カウンセリングの詳細はこちら】もご覧ください。

🔹「安心感がわからない」と感じたことのある方へ
 ➡️ 「安心感を得るのための行動」が愛のズレを生む構造

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はくじ ひろ
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